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Posted by ミリタリーブログ at

2016年03月02日

それがボコだから!

どうも、フライです。

更新する内容も特になく放置気味のブログですがたまには更新しますね!

今回はMARSOC関連のネタでなくてすみません。



1976年2月17日より開始された中越戦争から今年で40年と節目の年であったので少し前に埼玉県にあるオアシス川越の定例会に参加し、撮影会を友人たちと行ってきました!


北ベトナム兵(ビフィズス菌兄貴)と私。

装備的にはベトナムも中国もそっくりですね。ちなみに私の装備はガバガバなので参考には全くなりません。

いい感じにズッ友感が出てるといいますかベトナム戦争を戦う上で協力した弟分みたいな感じですね(中国目線)

ところが・・・

ベトナムはカンボジアへ侵攻を行い、弟分であったカンボジアのポル・ポト政権をぶっつぶし、自分に都合のいい政権へすげ替えてしまいました!(この辺の経過はwikiをご覧下さい。実際はもう少し複雑なようです。)


「ベトナムの恩知らずにこれは懲罰するしかない!!」と決意を決めた著者。
最新の研究ではベトナム戦争当時より、国境付近の山岳部に大砲などの兵力を隠しており、いつかは侵攻する計画があったのかもしれません。

「やってやる〜やってやる〜やってやる〜やってやるぞ〜 イヤなあいつボコボコに!」と意気揚々に攻め入るものの・・・



「おっ、おい!何をする!!やめろ〜」と人民軍のサンヘルメットアタックを前ボコボコにされてしまいました・・・でも、それがボコだから!(実際の戦闘では民兵や正規軍にかなり苦しめられたそうです。しかし、人民軍の損害も大きく、勝者のいない戦争だったようです。)



ビフィズス菌兄貴にボコボコにされた著者。カンボジアから帰ってきた主力部隊も強すぎるッピ!!!



捕虜になってしまった著者。この戦争で発生した捕虜のその後の扱いや当時の戦闘の状況はまだまだ謎が多いようです。

両国にとってある意味、忘れたい戦争である中越戦争では資料や証言がすくなく、学術的にもまだまだ謎な部分が多いようです。

しかし、最近になっり両国ともに資料が少しずつ出てきているようで研究されている先生の論文を毎回楽しみにしているといったところでしょうか。

また、装備に関しても解放軍が人海戦術から近代化を図るようになった契機となる出来事のようでこの時代の装備をされている方のブログなどを見てみると非常に面白かったです!

少しでも歴史の真実が明らかになればと思います。

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■参考文献
・おいらボコだぜ! 歌詞
http://petitlyrics.com/lyrics/1174973
・小高泰『海外事情』掲載論文
・中越戦争 wiki
https://ja.wikipedia.org/wiki/中越戦争
  


Posted by フライ大尉 at 03:05Comments(0)